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・ 盆栽やろう 編集部

セミの初鳴きに「平年より早い」はもう存在しない。棚場と市民科学の夏

季節コラム
気象庁は2021年にセミの初鳴き観測を終了し、いま残るのは植物6種目だけ。「平年より何日早い」と言うための公式の物差しは、もう存在しない。代わりに全国の市民調査員が耳で測っている。そのデータから出た答えは意外だった。初鳴きを早めるのは今年の春ではなく、去年の秋の暑さだという。
欅の盆栽 — 地上わずか数週間のセミと同じ夏空の下で、数十年を生きる
写真: Mark Pellegrini (CC-BY-SA)

今年もベランダの棚場でセミが鳴き始めた。去年より早い気がする、と毎年思う。それで一度、ちゃんと確かめてみることにした。結論から言うと、確かめる方法のほうが、もう存在しなかった。

セミの初鳴きに、公式の平年値はもう存在しない

気象庁は1953年から2020年まで、全国の気象台で生物季節観測を続けてきた。最盛期には65種目。さくらの開花も、うぐいすの初鳴きも、アブラゼミの初鳴きも、その中にあった。だが2021年、その大半が打ち切られた。

いま気象庁が観測しているのは植物6種目9現象だけだ。うめ・さくら・あじさい・すすきの開花、いちょうの黄葉と落葉、かえでの紅葉と落葉。動物は、ひとつも残っていない。理由は少し寂しい。気象台の多くは市街地にあり、都市化が進んで標本木の確保が難しくなり、対象の動物そのものが見つからなくなったからだという。

つまり「東京のセミの初鳴きは平年より何日早い」と言うための公式の物差しは、2021年以降、更新されていない。

代わりに測っているのは、市民の耳だ

とはいえ、観測そのものが消えたわけではない。2021年度から、国立環境研究所が気象庁・環境省と連携して「生物季節モニタリング」を始めている。対象は植物32種目・動物34種目で、アブラゼミ・ニイニイゼミ・ヒグラシの初鳴日は、いずれもその中に入っている。

違うのは、誰が聴くかだ。気象台の職員ではなく、市民調査員が、自分で決めた観測地点に週3〜4回通い、聴こえた日を事務局に報告する。70年近く続いた国の記録が途切れた場所を、いま埋めているのは市民の耳だ。棚場に毎朝立つ人間は、その資格をすでに持っていることになる。

「蝉時雨」という言葉の、ねじれた出自

「蝉時雨(せみしぐれ)」は、多数のセミが一斉に鳴く声が、時雨のように降り注ぐ様子を指す。おもしろいのは「時雨」がもともと晩秋の通り雨を意味する言葉だということだ。真夏の音に、秋の雨の名前が借りられている。断続しながらも途切れない、というリズムだけを抜き出して季節を越境させた先人の耳は、なかなかのものだと思う。俳句では夏の季語として定着している。

夏空に輝く強い陽射し — 棚場では遮光と水やりが要になる季節

去年の秋が、今年の夏を決めている

では何が初鳴きを早めるのか。市民調査員のデータから、意外な答えが出ている。

名城大学の辻本翔平助教と国立環境研究所の西廣淳らの研究チームは、1971年から2020年の気象庁の記録に、2021年以降の115地点・112人の市民調査員の報告を継ぎ足し、気温・湿度・風速・日射・降水を組み合わせた1,369の統計モデルを比較した。2024年6月、Ecological Entomology 誌に載った結論はこうだ。前の年の盛夏から初冬にかけての気温が高いと、アブラゼミの初鳴き日が早まる傾向がある。

今年の春が暖かかったかどうかではない。効いているのは、去年の秋の暑さのほうだった。

アブラゼミの翅は、なぜ濁っているのか

アブラゼミには、昆虫としてかなり珍しい特徴がある。多くのセミが透明な翅(はね)を持つのに対し、アブラゼミの翅は茶褐色で不透明だ。世界のセミを見渡しても、ここまではっきり濁った翅を持つ種は多くない。名前の由来も定まっていない。鳴き声が油で揚げるときの音に似ているから、という説と、翅の色が油紙のようにくすんでいるから、という説が並び立っていて、どちらも妙に納得できてしまう。

地中5〜7年、地上数週間

アブラゼミの幼虫は地中で5〜7年を過ごし、地上に出てからの成虫の期間はわずか2〜4週間。その短さは、古来「はかなさ」の象徴として詠まれてきた。一方、棚場のは、うまく世話をすれば自分の一生より長く生きる。地上2週間のセミと、その欅が、同じ7月の空の下に並んでいる。

去年の秋が今年の夏に出る。この時間の効き方は、棚場に立つ人間にはそれほど意外ではないはずだ。盆栽の世話は、いつも今日やったことが翌年に返ってくる。セミも同じ物差しで動いていた、というだけの話なのかもしれない。

それはそれとして、今年の夏は暑い。まずは7月の作業で、遮光と水やりの段取りを確認しておきたい。

出典

  1. [1]生物季節観測の情報 — 気象庁
  2. [2]市民参加型調査の結果を活用し「セミの初鳴き日」に影響する要因に迫る — 名城大学・国立環境研究所2024
  3. [3]市民調査員と連携した生物季節モニタリング — 国立環境研究所

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