今年もベランダの棚場でセミが鳴き始めた。去年より早い気がする、と毎年思う。それで一度、ちゃんと確かめてみることにした。結論から言うと、確かめる方法のほうが、もう存在しなかった。
セミの初鳴きに、公式の平年値はもう存在しない
気象庁は1953年から2020年まで、全国の気象台で生物季節観測を続けてきた。最盛期には65種目。さくらの開花も、うぐいすの初鳴きも、アブラゼミの初鳴きも、その中にあった。だが2021年、その大半が打ち切られた。
いま気象庁が観測しているのは植物6種目9現象だけだ。うめ・さくら・あじさい・すすきの開花、いちょうの黄葉と落葉、かえでの紅葉と落葉。動物は、ひとつも残っていない。理由は少し寂しい。気象台の多くは市街地にあり、都市化が進んで標本木の確保が難しくなり、対象の動物そのものが見つからなくなったからだという。
つまり「東京のセミの初鳴きは平年より何日早い」と言うための公式の物差しは、2021年以降、更新されていない。
代わりに測っているのは、市民の耳だ
とはいえ、観測そのものが消えたわけではない。2021年度から、国立環境研究所が気象庁・環境省と連携して「生物季節モニタリング」を始めている。対象は植物32種目・動物34種目で、アブラゼミ・ニイニイゼミ・ヒグラシの初鳴日は、いずれもその中に入っている。
違うのは、誰が聴くかだ。気象台の職員ではなく、市民調査員が、自分で決めた観測地点に週3〜4回通い、聴こえた日を事務局に報告する。70年近く続いた国の記録が途切れた場所を、いま埋めているのは市民の耳だ。棚場に毎朝立つ人間は、その資格をすでに持っていることになる。
「蝉時雨」という言葉の、ねじれた出自
「蝉時雨(せみしぐれ)」は、多数のセミが一斉に鳴く声が、時雨のように降り注ぐ様子を指す。おもしろいのは「時雨」がもともと晩秋の通り雨を意味する言葉だということだ。真夏の音に、秋の雨の名前が借りられている。断続しながらも途切れない、というリズムだけを抜き出して季節を越境させた先人の耳は、なかなかのものだと思う。俳句では夏の季語として定着している。

去年の秋が、今年の夏を決めている
では何が初鳴きを早めるのか。市民調査員のデータから、意外な答えが出ている。
名城大学の辻本翔平助教と国立環境研究所の西廣淳らの研究チームは、1971年から2020年の気象庁の記録に、2021年以降の115地点・112人の市民調査員の報告を継ぎ足し、気温・湿度・風速・日射・降水を組み合わせた1,369の統計モデルを比較した。2024年6月、Ecological Entomology 誌に載った結論はこうだ。前の年の盛夏から初冬にかけての気温が高いと、アブラゼミの初鳴き日が早まる傾向がある。
今年の春が暖かかったかどうかではない。効いているのは、去年の秋の暑さのほうだった。
アブラゼミの翅は、なぜ濁っているのか
アブラゼミには、昆虫としてかなり珍しい特徴がある。多くのセミが透明な翅(はね)を持つのに対し、アブラゼミの翅は茶褐色で不透明だ。世界のセミを見渡しても、ここまではっきり濁った翅を持つ種は多くない。名前の由来も定まっていない。鳴き声が油で揚げるときの音に似ているから、という説と、翅の色が油紙のようにくすんでいるから、という説が並び立っていて、どちらも妙に納得できてしまう。
地中5〜7年、地上数週間
アブラゼミの幼虫は地中で5〜7年を過ごし、地上に出てからの成虫の期間はわずか2〜4週間。その短さは、古来「はかなさ」の象徴として詠まれてきた。一方、棚場の欅は、うまく世話をすれば自分の一生より長く生きる。地上2週間のセミと、その欅が、同じ7月の空の下に並んでいる。
去年の秋が今年の夏に出る。この時間の効き方は、棚場に立つ人間にはそれほど意外ではないはずだ。盆栽の世話は、いつも今日やったことが翌年に返ってくる。セミも同じ物差しで動いていた、というだけの話なのかもしれない。
それはそれとして、今年の夏は暑い。まずは7月の作業で、遮光と水やりの段取りを確認しておきたい。
