東京都世田谷区にある東京都立園芸高等学校には、江戸幕府三代将軍・徳川家光が愛でたと伝わる五葉松の盆栽が伝わっています。生徒たちから「三代さん」の愛称で呼ばれ、日々の水やりから植え替えまで園芸科の授業の中で世話をされてきました。2026年9月、月刊『近代盆栽』10月号は、この一鉢の植え替え作業を特集記事として取り上げています。
江戸城から高校の教材へ — 明治44年の来歴
同校の公式サイトによれば、この五葉松はもともと江戸城内で育てられ、明治維新までに城外へ移されていました。明治41年(1908年)に創立された東京都立園芸高等学校が資料・教材として活用するため、明治44年(1911年)に東京府が小山田家から買い入れ、以来一貫して同校に培養管理が委託されています。買い入れから数えると、今年で115年になる計算です。2026年に創立118年を迎える学校の、その大半の期間を通じて世話が続けられてきたことになります。
「貴重盆栽」登録と、全国でも珍しい授業
歴史的な価値の高さから、この五葉松は平成11年3月に公益社団法人日本盆栽協会より「貴重盆栽」に登録されました。同校の園芸科では、専門の教員の指導のもと生徒たちが実際に剪定や植え替えといった管理作業を手がけながら盆栽の技術を学んでいます。高校の授業として由緒ある盆栽そのものを継承していく取り組みは、全国的にも珍しい事例として知られています。
暖冬で枯れかけた「北五葉松」
この家光ゆかりの盆栽は2鉢伝わっており、そのうち「北五葉松」と呼ばれる一鉢は、暖冬をきっかけに枯れかけたことがあるとFRIDAYデジタル(講談社)が報じています。同記事はこの盆栽を「樹齢500年の盆栽」と紹介したうえで、冬場としては異例の18℃を記録した日もあるほどの暖かさが影響したと伝えています。

同記事によれば、記録的な暖かさで糸状菌の活動が活発化したことに加え、鳥の糞による雑菌の繁殖、水分の蒸発による葉焼けなど複数の要因が重なったとみられています。樹齢を重ねた古木にとって、わずかな気候の変化が命取りになりかねないことを物語るエピソードです。
近代盆栽10月号が伝える植え替えの現場
盆栽専門誌を発行する近代出版は2026年9月9日、月刊『近代盆栽』10月号の発売を公式サイトで告知しました。同号では「都立園芸高校で継承される『徳川家光公遺愛の五葉松』の植え替え作業」と題した記事を掲載しており、生徒たちが伝統ある一鉢とどう向き合っているのか、現場の様子が伝えられています。かつて枯死の危機に見舞われた盆栽が、こうして植え替え作業の主役として業界誌に取り上げられること自体が、生徒たちの日々の世話の積み重ねを物語っているといえそうです。
教材である前に、生きた文化財
「三代さん」は授業で使われる教材である一方、江戸時代から続く一つの生命でもあります。生徒は数年単位で入れ替わっていきますが、鉢の中の木は代々の生徒の手を経て今日まで生き続けてきました。剪定や植え替えの技術は、教科書だけでなく、こうした本物の古木と向き合う経験を通じて次の世代へ受け渡されていきます。全国の盆栽園や美術館が守る名木と同じように、高校という教育の現場にも、次の100年を見据えた盆栽の継承の物語が息づいています。
まとめ
江戸城で育った一鉢が明治44年に東京府へ買い入れられて高校の教材となり、令和の今も生徒の手で受け継がれている——「三代さん」の歩みは、盆栽が世代を超えて引き継がれていく文化であることを静かに物語っています。五葉松の基本的な育て方は盆栽やろうの樹種ガイドでも紹介しています。全国の盆栽展示会・即売会の情報はイベントページ、盆栽園・美術館の所在地は施設マップからご覧いただけます。
